組織のリテンションマネジメントを研究している青山学院大学経営学部/山本寛教授(右)と弊社代表中川(左)
※本記事は新型コロナウイルスの感染拡大が確認される以前(2020年2月)に実施した対談をもとに作成しています。
少子高齢化に伴う労働力人口の減少が深刻化する中、優秀な人材に長く活躍してもらうための離職防止策として「リテンションマネジメント」が注目されています。
組織のリテンションマネジメントに関する研究をしている青山学院大学経営学部/山本教授をお招きし、弊社代表の中川と対談を実施しました。
前回の記事ではリテンションマネジメントの意味や若手社員の離職防止に関する話をまとめました。
今回は、組織を牽引する中堅社員や管理職、幹部層の離職を防止するための方法について伺います。
目次
中堅社員が離職する理由の多くは「仕事内容と給与の不釣り合い」。効果的な対策とは?
中川:前回は、主に「若手社員の離職理由とリテンションマネジメント」をテーマにお話を伺いました。今回は中堅社員や管理職、幹部層にスポットを当てていきたいと思います。
まず、中堅社員の離職について考えていきたいのですが、実際のところどのような離職理由が多いのでしょうか?
山本教授:ここでは30歳~50歳ぐらいまでの社員を「中堅社員」としましょう。
この年代は「給与と任される仕事の不釣り合い」を理由とした離職者が増える傾向にありますね。
一般的に30歳を超えると会社から責任のあるポジションを任されるようになります。また、結婚して家庭を持つ社員もいます。「生活基盤を固める」「よりよい場所に住みたい」といった理由から、よりよい給与や待遇を求めるのです。
中堅社員になると企業の経営理念や目指す方向性が、自身のキャリアと一致しているのかも重要になります。所属する期間が長くなれば自社が抱える課題なども見えてきますし、組織の中において自分の「相対的な位置づけ」や「得意分野」もわかってきます。
「このポジションを目指したい」「この分野のスペシャリストになりたい」といった希望はあるものの、「この会社では自分が求めるキャリアを目指せない」「成長できない」と判断した場合、他社への転職に踏み切ってしまいますね。
最近では、今すぐに転職する気がなくても「採用マーケットにおいて自分の市場価値がどれだけあるのか」を知るために、採用試験を受けるといったケースが増えています。
中堅社員は、自己理解や自分の市場価値に対する理解が深まっているため、リテンションマネジメントが難しい層でもあるのです。
中川:若手とは離職理由に違いがあるようですね。中堅社員に対する効果的な離職防止策はあるのでしょうか。
山本教授:中堅よりもう少し若手の20代後半から30代の社員には、プロジェクトマネージャーなど「リーダーシップの経験」をしてもらい、裁量を持たせることが効果的です。
また、働き方の多様化も検討してみましょう。
中堅社員からは特に「副業を認めてほしい」と言った意見をよく聞きます。副業をすることで、キャリアアップにつなげたいという思いがあるようです。
中川:なるほど。しかし副業を認めていない会社で、いきなり副業をOKとするにはハードルがありそうですね。副業を取り入れて成功した企業事例などはあるのでしょうか?
山本教授:正社員の副業解禁を行い話題になった某製薬会社では、社外での副業をOKとする前に「就業時間の一部を使って他部署で仕事をする制度」を導入しました。
チャレンジした社員は仕事の幅や視野が広がったことで業務の質が向上し、大きな成長につながったと言います。この制度をステップとして、社外での副業を許可する制度につなげました。
いきなり副業を解禁せず、段階を踏んだことが、成功につながったポイントと言えるでしょう。社外でのさまざまな経験は、個人の可能性を伸ばすチャンスにもなります。
中川:社員のニーズに合う施策を取り入れることができれば、リテンションにも効果がありそうです。
しかし現場では、離職の意思を固めてしまった社員の気持ちを変えることは難しいと感じているようです。「出口のマネジメント」である「イグジットマネジメント」として期待できる施策にはどのようなものがあるのでしょうか?
山本教授:日本企業では耳にすることは少ないですが、欧米企業では「優秀な人材に離職してほしくない場合」や「一定期間は在籍していてほしい時」には、リテンションボーナスを支給することがあります。
引き留めたい社員へ特別にボーナスを支払う施策です。また、役員から直接「あなたは特別で、自社にとって大事な人材だ」と伝え、昇進など大胆な約束をするケースもあるようです。
もう一つは「出戻り制度」の活用です。ポジティブな理由で退職した社員に対しては、「いつでも戻ってきてほしい」と伝えましょう。
自社の社風や仕組みが分かっているので、再入社時の研修は必要なく、即戦力としての活躍が期待できます。社員が退職した後も誕生日会を行うなど、パーソナルな関係でつながっておくとよいでしょう。
某大手IT企業では退職した人同士のネットワークを設けることで、出戻り採用につなげています。
中川:わが社にも出戻り社員はいますし、実際に活躍してくれています。
山本教授:再入社した社員が再度辞めるケースは少ないようです。
「出戻る」という選択にはそれなりに覚悟が伴うものですし、元の会社に戻れるのは、会社側からの評価があるということですからね。
ある会社の管理職の方から、会社とトラブルを起こす形で離職した人の再入社は受け入れ難いという話を伺いました。やむを得ず退職する場合は、会社・社員双方が気持ちよく退職を迎えられる方向に導くことが理想ですね。
「プレイヤー」と「マネージャー」の兼任が業務負荷に。管理職が離職する理由と対策は?
中川:課長、部長など管理職になった場合、さらに求められることや責務が大きくなりますよね。管理職の離職理由や原因については、どうお考えですか?
山本教授:最近では管理職の転職市場も活性化しているので、転職しようとする人も増えてきています。管理職が離職に至る原因の多くは、部下やチームメンバーの管理だけでなく、プレイヤーとしての成果を求められることによる業務負荷であることが多いと考えられます。
管理職業務のうちの6割が、プレイヤーとして現場の仕事に携わっている「プレイングマネージャー」であることが、調査からも分かっています。自身の業務も抱えている中、部下やメンバーの教育研修やケアも求められる状況が続くと管理職はどんどん疲弊していくでしょう。
近年、日本でも「ピラミッド型組織」を脱却し「組織のフラット化」を進める企業が増えており、管理層が本来の役割のみを果たせばそれでよいという時代ではなくなってきています。管理職としてのキャリアを重ねていくことが難しい状況にあると考えられます。
中川:管理層のモチベーションを高め、自社で長く働いてもらうためには、どのようなことができるのでしょうか?
山本教授:プレイヤー業務をゼロにはできないとしても、その割合を少し減らすなど、バランスをとることが重要でしょう。
そのうえで、業務とは別にマネジメント能力だけを評価する仕組みをつくるのがよいと考えます。
マネジメント能力のみで評価することは、役職に対し高い成果目標を与えることになります。「部下のリテンション対策」「業績目標の達成」「新しいビジネスプランの創出」といった目標を立てたうえで評価を行いましょう。
待遇面の対策としては欧米企業のように、ストックオプションやリテンションボーナスなどの待遇を厚めにし、「マネジメント能力」への評価に重みをつけることが効果的です。
幹部層が離職する理由は「経営者に対する不信感」。その対策とは?
中川:幹部層が離職することで悩む企業もあるのではないでしょうか?
山本教授:そうですね。いくつかの企業へのインタビューによると、幹部が離職する理由の多くは「経営者に対する不信感」によることが多いようです。
上場を目指していたある企業では、社長の不適切な言動により周囲の信頼を失った結果、幹部層が連鎖的に離職し、結果的に上場も失敗したというケースがありました。社長の発言はそれほど影響力が強いのです。
中川:優秀な幹部層を引き止めるためには、どのような対策が重要となるのでしょうか?
山本教授:まずは経営者自身が自分の取り組みや行動、発言などを省みる機会を設けることが重要ですね。
最近では社長に向けたコーチングが注目されているようです。コーチングの資格を持ったプロが、社長に「耳の痛いことを言ってあげる」という点が重要でしょう。
社員や管理層、幹部層は他業種へ出向するなど、別の環境や立場に身を置いて学んでもらう機会をつくれますが、経営者はなかなかその機会を設けることができませんからね。
しかし社長も人間なので、長所や欠点はあります。たまに失言や失敗をしてしまうこともあるでしょう。
インナーコミュニケーションの仕組みを構築し、常日頃から社員や幹部に対し、誠意を持って対応することが大切です。
中川:経営者は誠実な対応を心掛けることが重要なんですね。
山本教授:そうですね。会社にとって重要な指針を決定する際には社内の取締役会で必ず合意をとるなど、基本的なルールをしっかり守るよう心掛けましょう。
経営者は個人の言動には注意して耳を傾け、その意見を意識して強めのメッセージを全体に発すると、社内にも伝わりやすいでしょう。
そういえば、貴社のサービス「HR Ring」の中に「お互いに褒め合う機能」がありましたよね。風通しのよい組織風土を作っていくためにも、お互いに称賛しあえる文化を醸成し、チームパフォーマンスを向上させていくことは重要です。
中川:「HR Ring」の「ポジティブポイント」のことですね。経営者自身が積極的にこの機能を使うとよいかもしれませんね。
山本教授:仕事の成果や貢献を認め合い、成果給として「ピアボーナス」を支給する施策は幹部層にも効果的だと思います。幹部は他者から褒められる機会が少ないですからね。
経営者が幹部を褒めると、管理職や従業員にも褒める文化や取り組みはどんどん普及していきます。経営者がまず背中を見せていくことが非常に重要です。
「リテンションマネジメント」は人事任せになる傾向がありますが、経営者自身があらゆる場で「私達の会社は人材の定着(リテンション)を大事にする会社だ」というメッセージを伝えていくことはとても効果的だと考えます。
直接的なコミュニケーションと「ツール」の導入で離職防止につなげる
中川:ここまで若手社員、中堅社員そして管理・幹部層、それぞれの離職防止の対策について伺いました。制度で補える部分も多くありそうですが、重要なことは「社内で活発なコミュニケーションを行うこと」だと言えそうですね。
弊社では離職に悩む企業をサポートするために、「HR Ring」というコミュニケーションツールを開発しました。その中に、身体と心の状況を定点観測する「パルス・サーベイ」という機能があります。
山本教授:「パルス・サーベイ」は非常に重要な機能だと思います。
特に入社一年目の社員は「昨日笑っていたのに今日は落ち込んでいる」といったような、まさにジェットコースターのように不安定な心理状態になることが多い傾向にあります。
GWなど長期休暇など気持ちのゆとりができた時に、友人のSNSを覗いて活躍している様子を知り、自分と比較して落ち込むこともあるようです。
このような時期の前後は衝動的に辞める可能性が高くなります。社員の体調や心の変化を把握し、ケアすることで、離職防止につなげていけるでしょう。
中川:お互いに称賛しあえる文化を醸成し、チームパフォーマンスを向上させる「ポジティブ・ポイント」という機能も、大変高評価をいただいております。
山本教授:「ポジティブ・ポイント」は素晴らしい機能ですね。若手から上司や先輩に対しコミュニケーションをとることは難しいものです。
上司や先輩から気軽にポジティブなポイントを指摘してもらったり、若手から先輩へ感謝を伝えたり、相互で賞賛しあえる文化は非常に重要です。LINEやSNSに慣れている若者にとっては、馴染みやすい機能だと思います。
中川:「HR Ring」には、入社3ヶ月後、半年後、1年後の節目に行う「アンケート機能」というものもあります。社員のモチベーションを図るツールとして活用していただきたいのですが、項目内容についてはいかがでしょうか?
山本教授:アンケート項目には「働きがい」「働きやすさ」に関する項目が入っていますし、従業員からみた上司や仕事、会社に対する評価項目もあるので、とても充実していると感じました。
短時間で答えられるのもよい仕組みだと思います。
アンケート結果のデータが大量に蓄積されてくると、企業ごとに詳しい離職傾向が見えてくるでしょう。「この時期に離職者が増える」といった傾向がデータ分析でわかるようになればアラートも立てられるし、事前の対策を立てられますね。
まとめ(総括)
今回は山本教授より、中堅社員や管理職、経営幹部それぞれのリテンションマネジメントについてアドバイスを伺いました。
仕事内容や役職に関わらず、社内のコミュニケーションを活発化させ、「仕事の成果や貢献を認め合う文化」を定着させていくことが、企業全体のリテンションマネジメントにおいて重要であることがわかりました。
不安や不満を早期に発見し早めの対策を行うことが、モチベーション向上にもつながるでしょう。
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