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ものづくりに携わりたい。未経験からチーズ工房「kotobuki cheese株式会社」のチーズ職人に転身した女性スタッフの挑戦
九州本島の最南端・鹿児島県鹿屋市にあるチーズ工房「kotobuki cheese」で、チーズ職人と営業・マーケティングを担当している大山 美代子さん。10年以上働いた東京の会社を辞め、2年前に鹿児島に移住してkotobuki cheeseへ入社した。
なぜ、これまでのキャリアを手放してまで新しい道を歩む決断をしたのか。チーズ作りへの思いや、入社後の苦労話を語ってくれた。
<Kotobuki cheeseの公式HPはこちら>
自社製品・サービスがある会社を軸に仕事を選んできた
化粧品、ソフトウェア開発、素材メーカーなど、多岐にわたる業界で経験を積んできた大山さん。業種はさまざまだが、“自社製品・サービスをもつ会社”を軸にキャリアを形成してきた。
「営業や人事採用、企画など、さまざまな職種を経験してきました。自社製品・サービスの説明はできますが、作り手の想いまで実感をもって伝えきれていないことがずっと心に引っかかっていたんです」
「伝える」仕事を深めるためにも、現場に近い仕事がしたい、モノづくりに携わりたいと模索したが、なかなか希望どおりの職種につくことはできなかった。
大山さんにとって、チーズを食べる時間は楽しみのひとつだった。ご当地チーズや季節のチーズなどを持ち寄り、同僚とチーズ会を開くこともあったという。そして、日本橋街大学チーズクラスの活動にも積極的に参加した。
「日本橋街大学は、“朝も、夜も、学び遊ぼう”をコンセプトにした市民大学です。200種類以上の講座があり、私は全8回コースのチーズクラスを選びました。チーズの歴史や種類、製造方法を学んだ後、都内の有名レストランでチーズ料理を楽しむという内容です」
もともとチーズが好きだった大山さんは、チーズクラスでの経験を通じて、その奥深さにさらにのめり込んでいく。そんなとき、チーズプラトーに出会った。
「チーズプラトーは、色々な種類のチーズを盛り合わせたプレートのこと。チーズ文化が根付くフランスでは、食前酒のお供や食後のデザートとして楽しまれています」
チーズには、製造、熟成、販売、サービスなど、さまざまな関わり方があることを知った大山さん。
「チーズプラトーの講師の方が、チーズの歴史や特徴、楽しみ方、そして盛りつけ方を魅力的に伝えてくれたことで、特別な存在だったチーズが身近に感じられ、ますます学びが楽しくなりました」そして、いつか、自分もチーズに関わる仕事に就きたいと思うようになっていった。
「とはいえ、飲食やサービス業界での経験はないし、チーズ業界に転職するのは夢のまた夢だろうなと思っていました」
コロナ禍を機に転職を決意
そんな中、2020年に新型コロナウイルスが猛威を振るいはじめ、多くの人が在宅勤務を余儀なくされた。大山さんが勤める会社でも同様だった。自宅で過ごす時間が増え、今後のキャリアをじっくり考えるようになる。
「いずれ、東京を離れて母の故郷である鹿児島県で過ごすのも選択肢としてアリかなと。以前から、移住しようと考えていたんです」
鹿児島で暮らすことを視野に入れ、住環境や名所・名産、そして大山さんにとって欠かせないチーズを購入できる場所について、調べてみることにした。
kotobuki cheese株式会社の看板商品「カノヤウォッシュ‐芋焼酎熟成」。鹿屋市にある大海酒造の本格芋焼酎で磨いて熟成させた、ウォシュタイプのチーズ。芋焼酎独特の香りや旨味が特徴。
そのうちに、1軒のチーズ工房が目に留まった。2018年5月、鹿児島県鹿屋市にオープンした「kotobuki cheese株式会社」だ。大山さんは、暖かい地域でもチーズを作れることに驚いたという。
チーズの風味や味わいの決め手となるのが、微生物の働きだ。微生物の活動が過剰になると風味・味に影響が出るため、チーズ工房では室温や湿度を一定に保ちながら微生物の働きをおさえている。チーズの特性上、チーズ製造は寒い地域で行われることが一般的だ。
「暖かい地域でも、温度・湿度をきちんと管理すればチーズは作れると教えてもらい、興味を持ちました。さらに驚いたのは、その上品な味わいです。今まで食べていたチーズは、塩気がやや強くクセが強いものも多かったので、優しい味わいが新鮮だったんですよね」
kotobuki cheese株式会社は、家畜の飼料輸入と製造を手がける株式会社寿商会が設立。自社飼料で育てた牛の新鮮なミルクを使い、こだわりのチーズを製造している。
「新鮮で濃厚なミルクが手に入る環境なので、おいしいチーズが作れるんです」
チーズ職人の道へ
ある日、フォローしているkotobuki cheese株式会社のInstagramで、求人募集の投稿を見つけた。そこには、「チーズ職人募集、未経験者可」と書かれていた。
「思い切って応募してみたら、働けることになったんです。未経験でも大丈夫、まずはチーズが好きということが大事、と。ずっと希望していた、ものづくりに携わることができる。しかも、販売戦略など“伝える”仕事もオファーしてくださいました。まさか採用になるとは思っていなかったので、内定をいただいたときは本当に嬉しかったです」
東京を離れ、鹿児島県鹿屋市に拠点を移した大山さんは、kotobuki cheese株式会社でチーズ職人としての新たなキャリアをスタートさせた。入社直後は、初めての作業に戸惑い苦労することも多かったという。
「食品を製造販売するということは、人の命に関わること。衛生管理に対する責任と緊張感で、最初はいっぱいいっぱいでした」
kotobuki cheese株式会社は、5名の少人数チームだ。メンバーひとり一人が、製造からマーケティング、広報、事務など、幅広い業務をマルチにこなす。
「マルチタスクに慣れるまでが大変でした……。それに加え、チーズの製造は、牛乳タンクなど重いものを扱うなど体力のいる仕事も多く、最初はたくさん失敗もしましたね」
毎日自分が担当したタスクを振り返り、どうすれば効率よく行動できるかを考えながら、少しずつ改善していった。
「同じクオリティのものを繰り返し、そして多く作り続けることの難しさを日々実感しています。原料の状態は日々違いますし、製造工程における時間や温度だけに頼らず、状態を見極めて対応しなければいけない。これは今も、これからも変わらない課題です」
現在、マーケティング・広報活動とチーズ職人を兼務し奮闘する日々を送る大山さん。今後の目標について尋ねると、「チーズの美味しさと楽しみ方を職人目線で伝えていきたい」という答えが返ってきた。
「現在の販売形態は、系列店での委託販売や卸売り、オンライン販売がメインです。いつか自社店舗を構え、お客様との対話やご提案をできる場を作っていけたらと思います。そして、kotobuki cheese株式会社がスローガンに掲げている、“もっとチーズを食卓に”を実践したいですね」