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筑波技術大学の「視覚障害を有する鍼灸あん摩マッサージ指圧師と理学療法士が多様化する専門分野で幅広い働き方をするためのプログラム」が目指すのは障害者との共生社会の実現
茨城県つくば市の筑波技術大学は、日本で唯一、聴覚・視覚障害者のための国立大学で、視覚障害者が学ぶ保健科学部では、はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師、理学療法士を養成している。
同校では聴覚・視覚障害者を対象としたリカレント教育にも力を入れていて、2020年からは文部科学省の委託事業を展開している。そのひとつが、2023年度実施の「視覚障害を有する鍼灸あん摩マッサージ指圧師と理学療法士が多様化する専門分野で幅広い働き方をするためのプログラム」だ。
はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師、理学療法士の専門スキルを向上させるだけではなく、障害共生やDXスキルなど、障害者が社会で活躍するためのスキル向上を含めたカリキュラムとなっている。このプログラムの具体的な内容はどうなっているのだろうか。
筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センターの櫻庭 陽准教授に話を聞いた。
<プログラムの詳細はこちら>
筑波技術大学の「視覚障害を有する鍼灸あん摩マッサージ指圧師と理学療法士が多様化する専門分野で幅広い働き方をするためのプログラム」とは
このプログラムの受講期間は、2023年9月から2024年1月末までの5ヶ月間。カリキュラムは、講義と実技実習の2部構成となっている。
「本プログラムの受講者は、視覚障害がある方、もしくは将来、その可能性がある方を対象としています。受講者がスムーズに教育を受けられるよう、障害補償やサポートを行っています。また、講師の約3割が障害当事者です。自らの経験を生かして、実践的な学びを提供しています」
授業は、必修と選択を合わせて73授業を用意し、基本的にオンライン(オンデマンドと一部はライブ配信)で、実技実習は対面で行う。必要な時間数を履修した受講者には、学長印が押印された履修証明書が発行される。
互いを理解するために必要なセルフアドボカシースキル
プログラムでは、共生社会を実現するための授業も用意している。その中に「セルフアドボカシースキル」という必須授業がある。聞き慣れない言葉だが、共生社会を広く実現するうえで欠かせないスキルだと櫻庭氏は言う。
「セルフアドボカシーとは、障害や困難のある人が、自身の権利や利益、そしてニーズを主張する権利のことを言います。例えば、視覚や聴覚に障害がある人が、職場の上司や同僚に『ここまでならできる』『(障害のために)これはできない』と自分の状況を明確に相手に伝えることが大切です」
周囲の人は、余計なことを言って不快にさせてしまうのでは……?、サポートしたいけど、どうしたらよいかわからないと遠慮してしまうことがある。
「障害を有する当事者が、障害のためにできない・苦手なこと、必要な支援を相手にしっかり伝えられるようになれば、互いの理解がより深まります。視覚障害のある方はレントゲン画像を見ることができないわけですから、晴眼者が模型を使って情報を伝えます。相互理解だけでなく、互いの専門知識を深めることができて、協働の意識も高まるんです。セルフアドボカシースキルを身につけることは、共生・協働の社会を実現できると考えています」
多様性が進むなか、障害当事者も自分の状況を伝え、周りがそれを理解してくれる環境が整いつつある。だからこそ、障害のためにできることとできないことを明確に伝えるセルフアドボカシースキルの習得に注力しているのだ。
サテライト会場にて実技実習を開催
本プログラムの実技実習は、昨年まで筑波技術大学東西医学統合医療センターで実施されていた。しかし、視覚障害者にとって移動は大きな負担になる。実技授業のために九州からつくばへ来る受講生もいたことから、2023年度からは、全国の盲学校の協力のもと、サテライト会場を設けた。
「『もう少し会場が近ければ……』『会場を増やして欲しい』など、前回の受講者からの要望を受け、札幌・茨城・京都・福岡の4会場で実技実習を行いました。過去2回よりも多くの方が参加してくださり、実技実習のニーズの高さを改めて感じましたね」
専門スキルは、講師から直接指導を受けることでより細かな技術を習得できる。何より、視覚障害者に実技指導を行うには、視力による情報が得られないため、対面の実習が欠かせない。サテライト会場での実技実習は好評で、想定を上回る受講希望があったため日程の調整が難しい状況だという。
「今後は、サテライト会場や実施回数を増やすなどして、全国の皆様と直接お会いする機会を増やしたいと思います。私たちも、各地方で実習を行い受講者と直接話すことで、貴重な意見を聞くことができます。受講者からの声を反映しながら、障害者のリカレント教育事業を改善・発展させていきたいです。障害のみならず、すべての人の尊厳が守られるインクルーシブな社会の実現に貢献することで、社会・地域における本学の役割を果たしていきたいと思います」