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コーヒーに魅せられ「自家焙煎珈琲豆 シロネコ」をオープンした店主の想い
人生の先駆者たちのストーリーから、自分のキャリアを見つめなおし、新しい一歩を踏み出すキッカケを探る。今回、話を聞いたのは、静岡県郡吉田町に店を構える自家焙煎珈琲豆 シロネコ店主の鈴木友也さん。
静岡県のコーヒー好きなら聞いたことがあるだろう。深煎りのコーヒーと猫の描かれた可愛らしいパッケージで人気を集める有名店だ。
一杯のコーヒーに魅せられ、コーヒー専門店を立ち上げたという鈴木さん。しかし、それまではコーヒーが好きだったわけでもなく、たまに缶コーヒーを飲むくらいだったという。
サラリーマン経験しかなかった鈴木さんは、なぜ安定した職を手放してまで独立開業したのか。今回の記事では、鈴木さんが踏み出した一歩に迫る。
"こだわり抜いた深煎りで、まるで愛猫と過ごす時間を"
そんな想いを胸に、静岡県掛川市で創業した自家焙煎珈琲豆シロネコ。今年で10年目を迎えた。
「もともとはコーヒー専門店を開業するなんて思ってもいませんでした。それまでは、たまに缶コーヒーを飲むくらいで、特別興味もなかったんですから」
鈴木さんは高校卒業後、パチンコ店に就職。10年勤めたが、不規則な生活リズムから抜け出したいと思い退職した。
「少しふらふらしようかな」と日々過ごしていたとき、偶然立ち寄った珈琲専門店で人生を変える一杯のコーヒーに出会ったという。
「深煎りと中煎りの中間くらいのコーヒーでした。嫌な苦味がなくて、まるでビターチョコを思わせるような香りとコク、ほろ苦さのなかにはっきりとした甘味のある味わいだったんです。淹れ方次第で、こんなにも味が違うんだと驚きました」
一般的に深煎りのコーヒーは苦いというイメージが強い。しかし、鈴木さん曰く、正しく焙煎すれば、苦味が強調されることはないという。
「自分もこんなコーヒーを淹れてみたいと思い、独学で勉強し始めました。そして調べていくうちに、豆の焙煎が重要だとわかったんです」
自宅で焙煎できる環境を整え、焙煎を繰り返す日々。気が付くと豆の焙煎にどっぷりとハマっていた。
「コーヒー豆は、焙煎の火加減で味わいが大きく異なります。良質な豆を選び、適切な焙煎をすれば、濃厚なコクや香り、ほろ苦さを感じる深煎りが完成するんです」
それから豆を煎る生活を続けた鈴木さんだったが、あることに気づく。
「焙煎した豆がどんどん貯まっていき、増えていく一方でした。毎日、焙煎するので自分と妻だけでは消費が追いつかないんですよ。消費しなければ次の焙煎ができない。だから友人たちに配ることにしたんです」
友人たちからは大好評だった。人に喜んでもらえるのが嬉しかった鈴木さん。さらに焙煎にのめり込んでいく。
「お店を始めたらもっと豆を焙煎できる。いつかお店を出したいと漠然と思うようになりました」
そんなときに転機が訪れる。
「私も妻も同じタイミングで仕事を辞め、フラフラしてました」
婦揃って無職になる状況を悲観することはなかった。一緒に何かを始めるには良いキッカケだったと鈴木さんは振り返る。
開業までの道のり
店の前にはコーヒー豆が購入できる自動販売機が設置されている
しかし、鈴木さんが歩んできた道のりは、決して楽なものではなかった。
「僕も妻も無職の状態でしたから、お金に余裕はありませんでした。それに加えて金融の知識もなく、事業資金や運転資金の借り入れもしなかったんです。だから資金繰りがとにかく厳しかったですね」
最初に借りた店舗は、家賃2万円。
「格安でしたが、建物はボロボロで修繕費用は全て自己負担という契約だったので、普通の物件を借りた方が安かったですね」
立地も良いとは言えない場所からのスタートだった。店舗のオープンに合わせて通販サイトも始めたが、こちらも思うように売れなかったという。
「前職の上司に相談して、夜勤のアルバイトとして雇ってもらいました。昼間はコーヒーを売って、夜はパチンコ店でアルバイトという生活を1年は続けましたね」
見切り発車でお店をオープンさせたため、経営はもちろん経理のことも分からない状態だったという。そんなときに転機となったのが、商工会議所への入会だった。
「たまたま商工会議所の方が、お客さんとして来店してくださったんです。そこで誘っていただいて入会することにしました。入会後に経理や経営のやり方、集客方法などをアドバイスを貰えて、本当にありがたかったですね」
商工会議所のアドバイスをもとに、イベント出店も積極的に行うようになった。
「全国各地のイベントに出店するようになってから認知度が格段に上がりました。イベントがきっかけで店舗に足を運んでくれるようになったり、通販で豆を購入してくれるようになったり。売り上げは夫婦二人で生活する分には問題ない水準にまで上がりましたね」
パッケージデザインを変更してからメディア取材が殺到
自家焙煎珈琲豆シロネコをさらに有名とするキッカケとなったのが、コーヒー豆のパッケージ変更だった。
「それまでは消しゴムで作ったハンコをパッケージに使っていました。飼っていた猫が死んでしまい、思い出にその猫をモデルにイラストを書いてパッケージにしたんです。それを妻が描いた猫のイラストをパッケージにしたところ、想像以上の反響があったんです」
変更後、猫のイラストが可愛いとSNSで話題となり、雑誌やネットメディアなどで取り上げられるようになった。
「まさかパッケージの違いで世間からの注目度が、ここまで変わるなんて思ってもいませんでした」
パッケージに描かれているのは、鈴木さん夫婦が人生を共にしてきた猫たちだ。
「どの子も大切な家族です。そんな思い入れの深いパッケージが多くの人に愛されているのは嬉しいですね」
自家焙煎珈琲豆 シロネコのこれから
「本当は、コーヒーを売るのではなく、コーヒー豆を売りたいんです。実は、僕も妻も接客が得意じゃないんですよ。だからお店は、お客様が美味しいコーヒーに出会う場にしたいと考えています。お店で好きなコーヒーに出会えたら、豆を買って自宅でも楽しんでもらう。それが理想ですね」
鈴木さんは、肩肘はらず、自分らしさを追及している、そんな気がした。苦手という接客も、丁寧で優しさを感じられると好評だ。
既存の概念にとらわれず、自分の好きなことを自分らしく。そんな鈴木さんの姿勢に、この不安定な世の中で生きていくヒントがあるような気がした。