職場におけるハラスメントが社会問題となる中、ハラスメントに関する知識や対処法を学ぶ「ハラスメント研修」の重要性が高まっています。
従業員に対し適切なハラスメント研修をおこなうことが、ハラスメントが発生しない健全な職場環境の構築につながるでしょう。
そこで今回は、事業主が知っておくべきハラスメント研修の目的や種類、実施時のポイント、研修以外の取り組みについて解説します。
目次
ハラスメント研修とは
そもそもハラスメントとは、人に不快感や不利益を与える言動のこと。
ハラスメント研修とは、従業員一人ひとりがハラスメントを正しく理解し、職場におけるハラスメントを防ぐための行動を学ぶものです。
ハラスメント研修では、ハラスメントの定義や具体的な事例のほか、対応方法や従業員・企業に与える影響などについて学びます。
研修を通して従業員のハラスメント防止への意識を高めるとともに、 ハラスメントが発生しない健全な職場環境の構築を目指します。
ハラスメント研修の主な種類
職場で起こり得るハラスメントには、いくつかの種類があります。
ハラスメントを防止するには、種類別の研修を継続的に繰り返し実施することが有効です。ここからは、各研修の概要を解説します。
パワーハラスメント(パワハラ)研修
パワーハラスメント(パワハラ)研修とは、「パワハラと受け止められないために、部下に対する指導や同僚への接し方における適切なアプローチ方法」を学ぶ研修です。
そもそもパワハラとは、以下の3つの要素をすべて満たす行為を指します。
- 優越的な関係を背景とした言動
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
- 労働者の就業環境が害されるもの
上司・部下の関係に限らず人間関係の優位性を利用し、精神的・肉体的苦痛を与えたり、職場環境を悪化させたりする行為は、パワハラにあたります。
研修内容には、パワハラに該当するか否かを検証するケーススタディ(事例学習)があります。
予防策だけでなく、万が一、パワハラが発生してしまったときの対処方法や被害者のメンタルケアなど、事後の対策に関する知識も習得します。
(出典:厚生労働省『労働施策総合推進法に基づく「パワーハラスメント防止措置」が中小企業の事業主にも義務化されます!』)
セクシュアルハラスメント(セクハラ)研修
セクシュアルハラスメント(セクハラ)研修も、職場で実施したい研修の一つです。
セクハラとは、職場における性的な言動により、職務上の不利益を与えたり、職場環境に悪影響を与えたりする行為のことです。
被害を受けた人の性的指向や性自認は関係なく、同性に対する性的な言動もセクハラにあたります。
一例としては、「性的な冗談やからかい」「身体への不必要な接触」「執拗な食事への誘い」などです。
セクシュアルハラスメント研修では、「セクハラに該当する行為やその分類」について理解を深めます。分類には、下記のように「対価型」と「環境型」の2種類があります。
対価型 | 性的な言動に対する被害者の対応(拒否・抵抗)により、その被害者が解雇や降格などの不利益を受けること |
環境型 | 性的な言動により被害者の職務環境が著しく悪化すること |
研修では、自身の言動に配慮できるようにするため、セクハラの判断基準を学びます。自身が当事者にならないためにも、研修を通じた意識向上が大切です。
(出典:厚生労働省『職場におけるセクシュアルハラスメント』)
(出典:厚生労働省『Ⅲ「職場におけるセクシュアルハラスメント」の種類は』)
マタニティハラスメント(マタハラ)研修
マタニティハラスメント(マタハラ)とは、女性労働者が職場で受ける、妊娠・出産などに関する嫌がらせのことです。
妊娠や出産を理由に解雇や降格、減給など職務上の不利益を与える行為は男女雇用機会均等法で禁じられており、マタハラに該当します。
また、育児 ・ 介護休業法では、育児休業などを申し出た労働者に対する不利益な取り扱いを禁止しています。
労働者間でもマタハラが発生しないよう、2017年に「男女雇用機会均等法」と「育児 ・ 介護休業法」が一部改正されました。
この法改正により事業主には、妊娠や出産、育児に関連した職場内の嫌がらせ行為に対し、防止措置を講じることが義務付けられています。
マタニティハラスメント研修では、「男女雇用機会均等法や育児 ・ 介護休業法、マタハラが女性の心身に与える影響」について理解を深めます。
同時に、マタハラが発生した場合の対処方法や相談先を学ぶことで、女性の心理的安全性の向上につながるでしょう。
(出典:厚生労働省 都道府県労働局雇用環境・均等部(室)『職場における妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント対策やセクシュアルハラスメント対策は事業主の義務です!!』)
ハラスメント研修の目的とは
ハラスメント研修はハラスメント防止策として最も有効な手段ですが、企業では、どのような目的で実施するのでしょうか。
企業リスクの低減
ハラスメント研修を実施する目的の一つは、企業リスクの回避です。
企業でハラスメントが起きてしまった場合、従業員の離職につながったり、企業イメージが低下したりする可能性があります。
ハラスメント研修で実態や適切な対応を学ぶことで、ハラスメントによる企業リスクを防止することができます。
ハラスメント対策の義務化への対応
ハラスメント対策の義務化に対応することも、ハラスメント研修の目的です。
2020年6月に施行された改正労働施策総合推進法によって、職場におけるパワーハラスメント対策が義務化されました。
大企業を対象とした義務化は2020年6月から、中小企業の場合は2022年4月から開始しています。
事業主には、下記のような防止措置が義務付けられました。
- 事業主の方針等の明確化および周知・啓発
- 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 職場におけるパワハラに関する事後の迅速かつ適切な対応 など
このように、ハラスメントを防止する措置の義務化に対応するため、適切な研修を実施する必要があります。
(出典:厚生労働省『労働施策総合推進法に基づく「パワーハラスメント防止措置」が中小企業の事業主にも義務化されます!』)
社会課題の解決
近年はハラスメント防止の啓発活動が広まり、取り組みを進める企業が増加しています。
2023年度に厚生労働省が実施した調査によると、パワハラの防止措置をおこなっている企業は95.2%、セクハラの防止措置をおこなっている企業は92.7%に上りました。
しかし、毎年100人超の人がパワハラによって精神障害を発症しています。
2022年度も147件のパワハラ事例が労災補償の認定を受けており、大きな社会問題となっています。
この根強く残るハラスメントを解決することも、ハラスメント研修の目的です。
(出典:PwCコンサルティング合同会社『令和5年度 厚生労働省委託事業職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)』)
(出典:厚生労働省『令和5年度「過労死等の労災補償状況」を公表します』)
ハラスメント研修の内容例
ハラスメント研修は、企業の規模や課題に応じて内容を検討する必要がありますが、大まかな研修の内容についてご紹介します。
講義やグループワークなどを組み合わせた研修によって、一人ひとりがハラスメント防止に向けた意識と実践力を養うことが大切です。
また、管理職と一般社員など対象を分けることで、より効果的な研修をおこなえます。
- ハラスメントの定義を学ぶ
- 社内のハラスメント状況や課題を検証する
- ハラスメントの影響について理解を深める
- 社内で実施可能な対策を協議する
- ロールプレイングをおこなう
- 行動目標を立てる
(1)ハラスメントの定義を学ぶ:
ハラスメント関連の法律や裁判事例について学び、どのような言動がハラスメントに該当するのか理解を深めます。
(2)社内のハラスメント状況や課題を検証する:
ハラスメントが発生しやすい組織風土とはどのようなものか、自社にハラスメントを生む要因はないか、検証します。
(3)ハラスメントの影響について理解を深める:
ハラスメントによって発生し得る人的被害や法的リスクなど、憂慮すべき悪影響について学びます。
(4)社内で実施可能な対策を協議する:
どのような未然防止策や再発防止策を立てておくべきか、ディスカッションをおこないます。相談体制の整備や加害者への対処方針など、事前・事後の両面から検討することが大切です。
(5)ロールプレイングをおこなう:
(1)~(4)で学んだ知識を踏まえ、具体的な事例を基にロールプレイングをおこないます。事例に対し「ハラスメントに該当するかどうか」「どのような対処が適切か?」を当事者目線で考え、実際の業務に活かす取り組みです。
(6)行動目標を立てる:
研修を通じてどのような意識の変革があったのか、そして今後どのような行動を心がけるのか、意見発表をおこないます。さらに研修後、レポート提出やアンケートによって効果測定を実施します。
ハラスメント研修を実施する方法
ハラスメントには法的な問題が絡んでおり、認定基準は厳格化する傾向にあります。
そのため、ハラスメント研修を専門的な知識とノウハウをもつ外部機関に委託するケースも少なくありません。
実際の研修方法についてご紹介します。
外部研修
外部から専門講師を招いたり、公開講座に参加したりする方法です。
社内研修と比較してコストが高くなるものの、質の高い研修によって自社にない視点や正しい知識を習得できる点がメリットです。
オンライン研修
インターネットを利用したオンライン研修には、eラーニングやライブ配信型などの種類があります。
比較的コストを抑えられ、場所を選ばず参加できる点がメリットです。
ただしロールプレイングなどが可能な対面型研修と比べ、意思疎通を図りにくい可能性があります。
ハラスメント研修を実施する際のポイント
ハラスメント研修は実施自体が目的となってしまわないよう、真のゴールを見据えることが大切です。
そのためのポイントをご紹介します。
「個」ではなく「全体」の問題として捉える
参加者の中に「自分はハラスメントの被害者でも加害者でもない」という意識があると、実のある研修にはなりません。
ハラスメントが発生する背景には、それを助長する環境があります。
たとえば、パワハラととられかねない指導があっても、生産性が高ければよしとするケースなどです。
個々の発生事案を解決しても、組織の環境を改善しなければ再発する可能性があります。
そのため研修の際は、ハラスメントが組織全体の問題であることを示しましょう。
研修内容を定期的に改善する
ハラスメント研修の内容は、定期的に改善する必要があります。
例えば近年では、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントといったよく聞かれるハラスメントだけでなく、性的指向・性自認に関わる嫌がらせを指す「LGBTハラスメント」や、男性育児に関わる嫌がらせを指す「パタニティハラスメント」なども生まれています。
時代や社会の変化に対応し、最新の研修内容を取り入れることが大切です。
また、研修を実施する中で浮き彫りになった課題や質問などを把握し、より効果的な研修内容にアップデートすることも求められます。
研修後にアンケートを実施し、効果測定する
先述したように、ハラスメント研修はただ実施するだけでは意味がありません。
研修後にアンケートを実施し、「ハラスメントの被害数がどのように変化したか」「上司から部下への指導方法は改善したか」といった効果を測定することが大切です。
定期的に効果測定をおこなうことで、職場内のハラスメントの防止や環境改善につなげましょう。
ハラスメントと指導の違いを具体的に取り上げる
ハラスメントと指導の線引きは難しいところですが、研修ではその違いを具体的に提示する必要があります。
「強い語調での指導」は問題ありませんが、「必要以上に長時間しかりつける行為」はパワハラ事例です。
また、「本人が不得意な仕事を割り当てる」ことは人材育成にあたりますが、「業務と無関係な雑用の強制」はパワハラの可能性があります。
研修では、ハラスメントと指導の線引きを伝えることが大切です。
事業主がハラスメント防止の意思表示をおこなう
従業員一人ひとりが当事者意識をもって研修に臨むには、「ハラスメントを決して許さない」という企業の意志を示すことが大切です。
意思表示の方法として、「事業主もハラスメント研修に参加して積極的に意見を発表する」「全社会議でハラスメントを議題に取り上げる」「研修以外でも、ポスターなどを使って啓発活動をおこなう」などが挙げられます。
ハラスメント防止のための研修以外の取り組み
ハラスメントを防止するためには、研修以外の取り組みも重要です。
研修と並行しておこなうとよい対策について解説します。
社内風土の改善
ハラスメントを未然に防ぐためにできる取り組みには、社内風土の改善があります。
例えば、企業方針として「ハラスメントは許されないもの、してはいけないものである」と明確に示し、社員全員に周知・啓発しましょう。
また、「相談しても無駄だと感じてしまう」「立場や年齢の違いにより意見が言いにくい」といった雰囲気のある職場の場合、風通しのよい健全な職場づくりを積極的に進める必要があります。
ハラスメントのない環境を整備すれば、従業員のストレスが減りモチベーションが向上するだけでなく、組織の生産性向上も期待できます。
社内規定の整備
ハラスメントが発生した場合に備え、社内規定を整備することも必要です。
事実確認の方法や行為者・被害者に対する措置、再発防止に向けた措置について定め、社内に周知しましょう。
また、「行為者・被害者双方のプライバシーを保護すること」「不利益な取り扱いを禁止すること」などを定めておくこともポイント。
社内規定を整備しておけば、ハラスメントを防げるだけでなく、実際にハラスメントが起こってしまった場合にも迅速・適切な対応ができます。
相談窓口の設置
ハラスメントが起こった場合に相談できる窓口を設置することも、研修以外にできる取り組みの一つです。
相談窓口があることで相談へのハードルが下がるため、被害者の早期救済につながります。
従業員からの声を聞くことで実態を把握することができるため、ハラスメントを未然に防ぐ効果も期待できるでしょう。
設置する際のポイントには、「相談窓口があることを周知する」「社外の相談窓口も活用する」「相談者のプライバシーを確保する」などがあります。
また、相談内容を厳重に管理するとともに、事実確認をおこなったうえで適切に対応することも大切です。
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まとめ
ハラスメント対策は事業主の義務であると同時に、職場環境の改善や生産性の向上に向けた施策と言えます。ハラスメント研修をおこなうことで、企業リスクの回避や社会課題の解決のほか、法的義務への対応につながるでしょう。
ハラスメントを防止するには全社的な理解と実行が必要であり、そのためにはハラスメント研修の実施が重要です。また、研修以外の取り組みも並行しておこなうことで、よりその効果を高めることができます。
本記事を参考に、ハラスメントによって引き起こされる深刻な事態を防止し、「だれもが働きやすい安全な職場環境」を構築しましょう。
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