学歴採用というと、大学偏差値による合否ラインの設定、
通称‘足切り’を連想するためか、否定的な意見が多く聞かれる。
学歴重視は悪で学歴不問が善、という風潮が一般化しているが、
当然どの企業も単純に偏差値で判断しているわけではない。
企業が採用時に出身大学とその偏差値を見るのは、
受験生としての長い期間持続的に努力しつづけ、
成果を挙げたというプロセスを評価するためであり、
学習能力や思考能力の高さに一定の目処を期待するからだ。
その能力はビジネス社会においても、
入社したての頃の仕事を覚えるスピードや、
責任感、持続力に通じる面が確かにあると思う。
その意味で、学歴重視の採用活動は効率的であるともいえ、
その活動自体を否定するつもりは全くない。
個人的には、高学歴者を受験での成功経験者ととらえている。
「学業の成績がいい」のは「試験に強い」ということであり、
試験とは、「問題に対する解答の正答率と速さ」を競うものだ。
試験に強くなるためには「経験した問題を覚えておく記憶力」と
「初めて遭遇する問題に対する思考力」が必要である。
受験とは「成績の蓄積」ではなく「本番の一発勝負」であり、
実力の他に「運」と「自分の学力の見極め」が多分に影響する。
自分の周りにも「本番で失敗した実力のある受験生」がいたし、
受験の成功イコール「頭のよさ」でないこともわかっている。
同時に、前途の通り大学名は学習能力を想定するツールだ。
上位校であれば、おのずと基礎学力や成功経験を期待する。
採用という限られた時間でその人材を知る努力をする中で、
学歴というツールが教えてくれる要素は、間違いなく存在する。
私は、中堅・中小企業の採用活動を20年以上お手伝いしてきた。
自社でも新卒・中途ともに様々な採用活動をおこなっている。
採用実績大学数は数知れず、もちろん大卒以外の社員も含め、
多くの人材を採用し、教育し、仕事ぶりを見てきた。
退職していく社員も、相当数見送ってきた。
その経験から判断すると、学歴と仕事の能力との相関関係は、
あまりないと思う。
相関関係を感じられないのは、そこに時間軸が加わるからだ。
「仕事が出来る」の定義はビジネスモデルによって違うし、
職種とポジションによっても「出来る」基準は変わる。
また、仕事の評価は瞬間的なものではないため、
入社時に高評価だった社員が10年後に全くダメになることも、
その逆もある。加えて、仕事歴が長くなればなるほど
上司との相性や組織の拡大などの環境要因が大きくなるため、
もはや学歴要素はないに等しくなるのが当然なのかもしれない。
企業の求める能力も、その時々の戦略によって変化する。
高度経済成長期の日本がそうだったように、
まさに今成長著しい隣国・中国の超学歴社会を見ていると、
それはある意味とても理に適っているように見える。
では、現在の日本社会はどうなのだろうか。
すでに成熟市場となった日本。
この市場でユーザーに購買意欲をもたせるためには、
マーケットに存在しなかったテクノロジーを生み出したり、
購買意欲を喚起する新サービスを生みださなければならない。
求められる能力は、多様化するユーザーの志向に対応できる
思考やアンテナということになる。
果たしてこの能力と学歴に相関関係があるのか。
それはまだ判断できる段階にない。
しかし、従来通りの採用活動をおこなっていては、
多様化するマーケットに対応する事業やサービスを生む人材を
獲得することはできない。それは明らかだ。
かつての学歴のようなわかりやすい指標がなくなった今、
採用時に学歴をどう位置付けるべきか。
答えは複雑で難解だ。
コラムへのご感想・ご意見など、ぜひお聞かせください。
→letter@kakehashi-skysol.co.jp